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ラシックの物語 

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ラシックとは誰?

ラシック・ビータ

​ラシック・ビータ

女性のためのコンピューター技術や、英語力の習得を目的として設立されたラシック・ビータ(ラシックの居所)のあるこの場所は、聖ラーマクリシュナの訪問によって聖地となったところです。

さて、ラシックとはどんな人物でしょうか?

ラシックはドッキネーショル寺院の掃除夫だった人です。彼は身分が卑(いや)しかったため神殿に入ることは出来ず、そのせいでほとんど知られていませんでした。当時の根強い差別のために、彼は聖職者に触れることさえできませんでした。

聖ラーマクリシュナは質素で正直な人が大好きでした。ラシックは無学ではありましたが、とても誠実な人でした。聖ラーマクリシュナはこの掃除夫に恩寵を与え、いつも讃えていました。そしてラシックは不滅となったのです。

実に彼の物語は、まるでおとぎ話のように聞こえます。

 

タクールの無条件の恩寵

スワミ・ヴィシュッダーナンダは、こう回想しています。

私はラームラル・チョットパッダエ(聖ラーマクリシュナの甥)から、タクールがラシックに賜(たまわ)った無条件の恩寵について、次のように聞きました。

彼はドッキネーショル寺院の庭園の掃除夫でした。

彼は、たくさんの人が毎日、タクールのもとを訪れているのを遠目に眺めていました。

ラシックは思いあぐねていました。

「私はこんなにもタクールの近くにいるのに

あの方のお部屋に行ってお御足(みあし)を頂戴することはできないなんて…… 。

私がどんな罪を犯したと言うのですか?

タクールは実にたくさんの魂を救っているじゃないですか

ーー善いのも、悪いのも…… 。

ああ、私は何て不幸なんだ!

遠くから眺めるだけで、近づくことさえ出来ないなんて…… 。」

 

このように、彼の心には長年、嵐が吹き荒れていました。

彼に安らぎはありませんでした。

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ところがある日、絶好の機会が訪れたのです。

タクールがジャウ樹台(タラ)に用足しに行ったので、甥のラームラルはパンチャバティの近くで待っていました。

ラシックは樹の陰に隠れていたのですが、

「何が起こっても、そんなこと気にするまい。」

と自分に言い聞かせました。

タクールが戻ってきたのを見て、音楽塔(ナハバト)に通ずる小径で全身を投げ出して師を礼拝したのです。

そして、タクールのお御足(みあし)にすがって泣き叫びました。

 

「ババ(父よ)、私はどうしたと言うのでしょう」

この思いも寄らぬ事態に、タクールは驚いてサマーディに入ってしまわれ、しばらくの間、醒(さ)めることはありませんでした。

ラシックは自分の涙でタクールの御足(みあし)を洗ったので、彼の心は激しい苦悩に苛(さいな)まれました。

タクールは次第に平常を取り戻してから、ラシックの頭に触れておっしゃいました。

  お前は全てを成就した。

  お前が死ぬ時に、私は会いに来るよ。

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タクール、ラシックの家を訪問する

聖ラーマクリシュナが瞑想に入った時、一度、ラシックの家に行ったことがあります。

これは皆さんを驚かせることと思いますが、実際に起こったことなのです。タクールは自らの言葉で、この時のことを語っておられます。「1883年9月22日(土)」

 

「心の力(チットシャクティ)、大現象力(マハーマーヤー)が二十四の存在原理になっていらっしゃる。わたしがいつか瞑想していたら、心がさまよい出て、ラシックの家に行ってしまった! ラシックは掃除夫だ。

わたしは自分の心に、『このウスノロ、ここに居ろ』と言いきかせた。

大実母(マー)が見せて下さったんだよ。――あの家の人たちは仮にあんな状態で遊んでいるだけで、あの人たちの中にもちゃんとクンダリニーがあり、六つのチャクラもあるんだ、と!」 

 

聖ラーマクリシュナのまれに見るこの至聖なる恩寵の背後にあるのは、すべての生き物はただ一つだということです。

 

ドッキネーショルのケダルナート・ボンドパッダエは自身の回想録で次のように回想しています。

ドッキネーショルのラシック・ハディは掃除夫のカーストでした。私はタクールがラシックと、まるで友だち同士のように中庭で立ち話をしているのを見かけたことがあります。そのときラシックは、ちょっと酔っているように見えました。

タクールは笑いながら言いました。

  私にはお前の状態が分かるよ。

  あまり飲み過ぎないようにね。

 

ラシックはタクールの御足に額(ぬか)ずいて言いました。

「ババ(父よ)、わたしには酒を飲むような余裕(ゆとり)はありません。

ああ、でも幸いにもナタバル・パンジャのお母様がお亡くなりになったので、家を掃除した時のお金が少しあります。

でもババ、いったいどこの母親が毎日死んでいくでしょうか?」

 

​追 想

家にトゥルシーの植え込みがあったラシックの死は忘れられない出来事でした。それらの言い伝えには多少の違いがありますが、ほぼ同じことを伝えています。

ここではクムダバンドゥ・センがラームラルから聞いたお話をしましょう。

ある日の午後、叔父さん(聖ラーマクリシュナ)は自分の部屋で休んでいましたが、立ち上がってベランダに出て行ったんです。そして、お寺の掃除夫のラシックを指して教えてくれました。

ラシックはね、ただの人じゃないんだよ。

彼は人の姿をしているけれど、天界の住人なんだよ。

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 別の日、タクールはジャウ樹台(タラ)に行きました。私は師の使う水差しと手ぬぐいを持ってついて行きました。ラシックが境内の中のパンチャバティの周りを掃除していました。叔父さんが自分の部屋に戻ろうとした時、ラシックは体を投げ出して叔父さんのお御足(みあし)に触れて礼拝したんです。

タクールは微笑みながら彼に、

「調子はどうだい?」と尋ねました。

するとラシックは立ち上がって言いました。

「わたしは、卑(いや)しい掃除夫として人生を送るように運命づけられました。

でもこの低い生まれ――この不運を乗り越えていくことが出来ません。」

叔父さんはそれに応えて、

  お前は自分の身分を嘆かなくてもいい。

  だってお前は、神の創造物として最高の

  人間として生まれてきたんだから…… 。

 

と言いました。彼にも最高の霊(ブラフマン)が宿っているんです。

タクールは彼に、寺院に礼拝に来た幾千人もの信者のお御足のチリによって浄められた寺の庭や神殿の階段を掃き清めるという神聖な仕事を彼が任されたことが、どんなに幸せなことか思い起こさせました。

ラシックは目に涙を浮かべながら、

「ババ、わたしは救われますか?」と尋ねました。

タクールは優しく微笑みながら言いました。

  中庭の隅にトゥルシーを植えて

  神の御名を唱えるように…… 。

 

​ラシックの最期

タクールが捨身されてから2年が過ぎた頃、ラームラルはパンチャバティの近くでラシックの妻に会いました。彼女は泣きじゃくっていました。

ラームラルが「どうしたんだ。ラシックに何かあったのか?」と聞いたら、

彼女は、「夫が重い病気に罹(かか)っているのです」と答えました。

彼女の息子たちは医者を呼びましたが、彼は薬を飲むことさえ拒んでいたのです。彼はチャラナームリタ(聖水)を持ってきてほしいと願ったのです。

ラシックは熱心なヴィシュヌ派の信者だったので、ラームラルはすぐにラーダーカーンタ堂に行って、チャラナームリタ(聖水)とトゥルシーの葉を取ってきてラシックの妻に渡しました。

ラームラルはそれから彼女に会わなかったのですが、数日後、家に行ってみました。ラシックの妻と息子たちは泣きながら、彼が死んだことを告げました。

そしてラシックの最期を教えてくれました。

ラーダーカーンタ堂の聖水はラシックにはとても効果があるようでした。

彼は良くなっていったのです。熱は下がり、起きている時は神の御名を唱えことが出来るようになり、熱心に祈りをささげていました。

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ある日のこと、お昼ごろ彼らが仕事から戻ってくると、直ぐに何か食べたいと言ったのです。その願いを叶えてあげた後、トゥルシーの植え込みまで連れていってくれと言うのです。とても暑かったのですが、仕方なく彼を外へ連れて行きました。

彼は数珠(マーラー)を手にして、ゴザの上に横たわりました。そして、妻や息子たちに神の御名を唱えるように言ったのです。

30分もすると、彼の顔は輝きを増してきました。彼の目からは燃えるような表情を見せ、口元には微笑みを浮かべています。そして大声で叫んだのです。

  ついに来て下さったのですね!

  ああ、何て美しいんだろう! 

  何て荘厳な光なんだろう!

そして彼が目を閉じて永遠の眠りについた時、晴れやかに平安に満ちた顔は光を放っているように見えたのです。

ラシックは聖ラーマクリシュナの神聖な物語の中では、決して表舞台に出ることのない人物でした。観客は舞台上では決して彼を見ることはありませんでしたが、ドッキネーショル寺院の境内という舞台を、いつもきれいに整えておくという責任を負っていたのです。

仕事は礼拝であり、みんながそれぞれの持ち場で与えられた仕事が、いかに偉大なのかということを、彼はその生涯を通して教えてくれたのです。

 

​スワミ・ヴィヴェーカーナンダの言葉

スワミ・ヴィヴェーカーナンダはアメリカでの講演「我が師」の中で、次のように語っています。

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「わたしの師は一度、掃除夫に、彼の家を掃除させてもらいたいとお願いしたことがあります。

もちろん、掃除夫は断りました。

しかし夜遅く、すべてが眠りについてから、師は彼の家に行きました。

師は髪が長かったので、その髪でその場を拭いて、

『自分は掃除夫の下の下であると感じさせて下さい』

と言って、自分が高いカーストに属しているというプライドを完全に拭き取ったのでした。」

 

そうすることで、師は自らのプライドを消し去っただけでなく、懐疑的な近代の風潮においても、そのような根絶(プライドの根絶)が本当に可能であるということを証明してみせたのです。

 

Sri Sarada Math - Rasik Bhita

(The Educational & Cultural Wing of SRI SARADA MATH)

の許可を得て、同サイトの "Story of Rasik" を翻訳して構成しました。